9/28がヤマトの命日だったんですが、気がついたら1日過ぎていまして、昨日、墓前に線香と焼シャケをお供えして弔いとしました。
一晩経って見てみたら、焼シャケは通りがかりの猫さんが食べて行った様です。
甘えたい時には素直に甘え、こちらがすり寄って行った時には我慢出来る範囲で応え、我慢の限界が来たらきっぱりと拒否する。そんな人との距離感をとてもよく知っていたヤマトは、体調のせいでとても手間がかかる猫だった代わりに、癒しもいっぱいくれた子だったので「ちまき家歴代の中で、一番可愛い子だった」なんて事を母上と話していました。ふたケタの数の猫との付き合い経験のある母上でも「あの子が一番だった」と。
フクが、とても寂しん坊のくせに人に構われるのが大嫌いなので、ヤマトの良さが余計に際立ってしまいます。
亡くなってしまったものを今更追いかけても仕方ないので、お世話し甲斐がなくても、フクをいっぱいお世話する事には代わりはないんですけどね。
2012年09月30日
2011年10月15日
ヤマトその後
前猫タロウが亡くなる時は、ちまき家の人間達はとても嫌な思いをしました。猫エイズ持ちだったにもかかわらず12歳まで元気だったので、それなりの恵まれた猫生だったとは思います。でも、タロウを亡くした後のペットロスは深いものでした。
だから、ヤマトがうちに来た時に、「この子にその時が来たら、最高の状態で送り出す」と言う事を最初から決意していたのでした。
もくろみ通り、ヤマトを無事に送り出す事が出来たので、
「やり遂げた感でホッとている」
それが今のちまき家の現状です。
家族が一人減って寂しくはあるのですが、悲壮感は全くありません。
ヤマトが危篤になってからも普段通りの態度をつらぬいていたフクですが、おなかのハゲが刻一刻と広がって行きました。
丸ハゲになってしまわない様、フクが腹を舐めようとしている時は、先手を打って腹に手を当ててさする様にしています。そうすると、フクは人間の手を歯でガシガシと梳こうとして来ます。
ヤマトがいなくなって平静を装っているものの、やっぱりとても気にしている様です。
今まで「先住猫優先」の原則を貫くため、わざとフクをないがしろにして来ました。しかしもうそんな事をする必要がなくなって、今はフクを猫っかわいがり。フクも最初は戸惑っていたものの、表情は徐々に変化して来ています。ヤマトは、ちまき家の庭に眠ってもらっています。
裏庭はすでに、犬1+猫3+スズメ1が眠っていて定員オーバー。なので、ヤマトの墓は前庭のド真ん中になりました。歴代の動物達のヤキモチが怖いのですが、そこはそれ、ちまき家で一番長生きした子なので、どうにか納得してもらおうと思います。
2011年09月28日
おしらせ
今日、9月28日午後2時頃、ヤマトは16年の大役を果たされ、旅立ちましたので、おしらせします。今頃は、虹の橋で元の飼い主との再会を喜んでいるのではないかと思います。
享年16年9か月(誤差2年)の大往生でしたが、大変静かな最期でした。
おつかれさまでした。
今まで、いっぱいいっぱいありがとうです。
ちまき家はしばしの間、喪に服しますが、バカ猫が頑張ってますので、このブログはまだまだ続きます。
経過については、また改めてupします。
※画像は9/7撮影のものです。
2011年07月26日
ヤマトその後の経過
その後のヤマトなのですが、尿毒症の気持ち悪さで眠れなくなってしまい、夜泣きする様になりました。
一方で、心音は非常に力強くて「あぁ、これはいつまでも頑張っちゃうつもりだなぁ」なんて話になってしまい………
今朝は、母上がヤマトを病院に連れて行き、ブドウ糖の点滴&ビタミン剤の注射をして来ました。
帰宅後すぐ、ヤマトはレトルトをむさぼり食ったかと思いきや、その後すぐに爆睡。
ちょこ食いには違いはないものの、ヤマトの方からご飯をねだる様になりました。
「延命治療はしない」の方針は、通院自体が猫にとって非常に強いストレスになるからであって、生活の質を保つ事を優先するために、それで寿命が数週短くなってもよい、と考えたからです。
しかし、「なかなか死なないなぁ」なんて状況が長く続くのは生活の質が良い状態とは言えないわけで………この辺の見極めは難しいですね。
しばらく通院して輸液をしながら、経過観察する事にします。
で、いよいよこの時のために貯めてあった猫貯金の出番ってわけで。明日は銀行に行って来ます。
ちなみに、体重の変化はこんな感じ。
5月23日 3.6kg
7月26日 2.8kg
5月の時は「体重が維持出来ているのがすごい」と医者に言われ、
今日は「減り方がすごすぎる」と医者に言われ…
一方で、心音は非常に力強くて「あぁ、これはいつまでも頑張っちゃうつもりだなぁ」なんて話になってしまい………
今朝は、母上がヤマトを病院に連れて行き、ブドウ糖の点滴&ビタミン剤の注射をして来ました。
帰宅後すぐ、ヤマトはレトルトをむさぼり食ったかと思いきや、その後すぐに爆睡。
ちょこ食いには違いはないものの、ヤマトの方からご飯をねだる様になりました。
「延命治療はしない」の方針は、通院自体が猫にとって非常に強いストレスになるからであって、生活の質を保つ事を優先するために、それで寿命が数週短くなってもよい、と考えたからです。
しかし、「なかなか死なないなぁ」なんて状況が長く続くのは生活の質が良い状態とは言えないわけで………この辺の見極めは難しいですね。
しばらく通院して輸液をしながら、経過観察する事にします。
で、いよいよこの時のために貯めてあった猫貯金の出番ってわけで。明日は銀行に行って来ます。
ちなみに、体重の変化はこんな感じ。
5月23日 3.6kg
7月26日 2.8kg
5月の時は「体重が維持出来ているのがすごい」と医者に言われ、
今日は「減り方がすごすぎる」と医者に言われ…
2011年07月22日
ヤマト近況
「便りのないのはよい知らせ」なんて事を言わせておけばいいや、なんていつまでも言っていられないし…ネットでの軸足が完全にTwitterに移ってしまっているもんだから、ブログの方がお留守になってしまってますm(_ _)m
で、ヤマトのその後なのですが…
去年の始めから月を数えながら老いてもらっていましたが、5月にはそれが週を数える様になりました。
一度に食べる量がどんどん少なくなって行き、その代わりに食べる回数がどんどん多くなって行ったのですが、それが、ついに食べる量がゼロになって絶食に突入。
で、医者に連れて行ったら、その場でテスト用の猫缶を爆食。
この時は、医者曰く「鼻がダメになっちゃたんで、食べ物の好みが自分でもわけわからなくなっちゃってるんだろうね」
で、その5月の一件以降、一体何だったら食べるのだろうかと言う試行錯誤の繰り返しに突入しました。
刻一刻と食べられる物が変化して行くので、食べ物探しもそれはそれはもう大変。
7月に入ると、食べられる物がほとんどない状態となり、それからは日を数える様になり、現在に至っています。
口にするカロリーが絶対的に足りていません。「あぁ、これが老衰ってもんなんだなぁ」って実感しています。
現在の状態ですが、目力はまだあります。意識もはっきりしていて、歩き回るだけの気力はある様です。
でも、こちらから押しつけないと、何も口にしない感じです。
ついに猫缶類は全滅となり、昨日と今日はコーヒーフレッシュしか口にしてくれていません。
病院に行って輸液すれば、少しは持ち直すのだろうけど、毎日通院するとなると、それだけで相当強いストレスになるから、単なる短期間延命のための治療はやらないと言う方針はあらかじめ決めていました。
このまま、健やかな老いのまま、「幸せだったね」と言ってあげながら見送れればと思うのですが、それが明日なのか、来月になるのか、それとも持ち直して秋や冬まで頑張っちゃうのか、ちょっとそれがわからないなぁって感じです。





